事業承継・M&A補助金: 継ぐ・買う・たたむのどれに使うか
後継者がいない、体力が続かない、逆に店を増やしたい——飲食店の経営には、いつか「継ぐ・買う・たたむ」の分岐が訪れます。事業承継・M&A補助金は、その3つのどれにも枠が用意されている珍しい制度です。この記事では、飲食店の視点で使い方を整理します。枠の構成・補助率・上限は公募回ごとに見直されるため、金額は目安として読み、最終確認は公募要領で行いましょう。
3つの場面と、使う枠の考え方
| 場面 | 飲食店での例 | 補助の対象になりやすい費用 |
|---|---|---|
| 継ぐ(親族内・従業員承継) | 親から店を引き継ぎ、業態を変える/設備を入れ替える | 承継後の設備投資・改装・広告・システム導入 |
| 買う(M&A・譲受) | 近隣の店を買って2店舗目にする | 専門家への謝金、仲介手数料、デューデリジェンス費用、買収後の投資 |
| 譲る(M&A・譲渡) | 後継者がいないため第三者へ譲渡する | 専門家費用、仲介手数料、譲渡の準備にかかる費用 |
| たたむ(廃業を伴う集中) | 3店舗のうち1店を閉め、残りに投資する | 原状回復費、在庫処分費、リース解約金などの廃業費用 |
「補助金は前向きな投資にしか出ない」と思っていませんか。この制度の特徴は、廃業にかかる費用まで対象になり得ることです。撤退は失敗ではなく、残る店に資源を集中させる経営判断——制度もその考え方を採っています(閉店・撤退のお金のガイド)。
飲食店の承継で価値になるもの
M&Aというと大企業の話に聞こえますが、小規模な飲食店の譲渡は実際に成立しています。買い手が見ているのは次のような点です。
| 評価される要素 | 買い手にとっての意味 | 準備しておくこと |
|---|---|---|
| 立地と賃貸借契約 | 同条件で引き継げるか(オーナーの承諾が要る) | 賃貸借契約書、譲渡の可否の確認 |
| 設備(厨房・空調・内装) | 初期投資を抑えられる | 設備の一覧、購入年、リースの残債 |
| 常連客・売上の安定性 | 初日から売上が立つ | 月次売上の3年分、客数の推移 |
| スタッフの継続 | オペレーションを維持できる | 雇用条件、継続の意思確認 |
| レシピ・仕入先 | 味と原価を再現できる | レシピの文書化、仕入先の一覧と条件 |
この表は、そのまま譲渡価格を上げる準備リストでもあります。特に売上とレシピの文書化は、譲る予定がなくても店の価値を守る作業です。
お金の流れ: 譲渡と買収の数字
| 項目 | 譲渡する側 | 譲り受ける側 |
|---|---|---|
| 専門家・仲介の費用 | 着手金+成功報酬(成約額の数%〜、最低報酬額の設定あり) | 同左+デューデリジェンス費用 |
| 譲渡対価の相場観 | 小規模店では営業利益の1〜3年分+設備の時価が目安 | 同左(居抜き取得より高いが、客と実績が付く) |
| 補助金の効き方 | 専門家費用の一部を補助 | 専門家費用+承継後の投資を補助 |
| 税務 | 譲渡益に課税。個人と法人で扱いが違う | のれんの償却、資産の取得価額の按分 |
数字はあくまで目安です。譲渡の税務は個人事業か法人か、株式譲渡か事業譲渡かで大きく変わるため、早い段階で税理士に相談しましょう。
申請の時間軸と、順番の鉄則
| 時期 | やること |
|---|---|
| 検討期 | 承継の方向性を決める(親族内・従業員・第三者・廃業)。事業承継・引継ぎ支援センター等の公的窓口に相談 |
| 公募前 | gBizIDプライムの取得、決算書・売上資料の整理、専門家の候補選定 |
| 申請 | 公募期間内に電子申請。枠ごとに要件が違うため、どの枠で出すかを先に確定 |
| 採択後 | 交付申請→交付決定→専門家との契約・発注(決定前の契約は対象外) |
| 実行 | 承継・M&Aの実行、承継後の投資。証拠書類を揃える |
| 完了後 | 実績報告→検査→入金(数ヶ月後) |
ここでの最大の落とし穴は、専門家や仲介会社との契約を先に結んでしまうことです。M&Aは相手のある話なので急ぎたくなりますが、交付決定前の契約は補助対象外になります。相談段階の無料面談と、正式契約の線引きを意識しましょう(交付決定とは何かのガイド)。
公的な相談窓口を先に使う
- 事業承継・引継ぎ支援センター: 各都道府県にある公的窓口。相談は無料で、後継者不在の場合のマッチングも扱います
- 商工会・商工会議所: 承継計画づくりや補助金申請の相談
- 金融機関: 融資と一体での承継相談。買収資金は融資と補助金の組み合わせが基本です
- 認定支援機関: 計画策定の支援(認定支援機関のガイド)
民間の仲介会社に最初から行くと、報酬体系の比較ができないまま話が進むことがあります。公的窓口で相場と選択肢を把握してから民間へ——この順番が安全です。
事業承継税制との使い分け
| 事業承継・M&A補助金 | 事業承継税制 | |
|---|---|---|
| 性質 | 費用の一部を補助(返済不要・後払い) | 相続税・贈与税の納税猶予 |
| 効く場面 | 承継を機の投資、専門家費用、廃業費用 | 株式の承継に伴う税負担 |
| 対象 | 中小企業・小規模事業者 | 主に法人(個人版の特例もある) |
| 手続き | 公募への申請 | 認定申請と継続的な報告 |
個人経営の飲食店では税制の適用場面が限られる一方、法人化して株式を持っている場合は税制の検討価値が高くなります。どちらか一方ではなく、両方の可否を確認するのが正解です。
実務チェックリスト
- ☐ 承継の方向性(親族内・従業員・第三者・廃業)を仮決めした
- ☐ 事業承継・引継ぎ支援センターに相談し、相場と選択肢を把握した
- ☐ 月次売上の3年分、設備一覧、賃貸借契約書、レシピ・仕入先の資料を整理した
- ☐ 賃貸借契約に譲渡・転貸の可否が書かれているか確認した
- ☐ リースの残債と、承継時の引継ぎ可否を確認した
- ☐ 使う枠(承継後の投資/専門家費用/廃業費用)を公募要領で確定した
- ☐ gBizIDプライムを取得済み
- ☐ 専門家・仲介会社の報酬体系(着手金・中間金・成功報酬・最低報酬)を複数社で比較した
- ☐ 交付決定前に正式契約しない段取りを、専門家と共有した
- ☐ 譲渡益・のれん・資産按分の税務を税理士に確認した
- ☐ 従業員への説明の時期と方法を決めた
結論: たたむ前に、譲る道を検討する
事業承継・M&A補助金は、「継ぐ・買う・たたむ」のどれにも使える数少ない制度です。特に、後継者がいないまま閉店を考えている店にとって、譲渡という選択肢を検討する費用まで支援されるのは大きい。順番は、公的窓口で相場を知る→資料を整える→枠を決める→交付決定を待って契約、です。枠の構成・補助率・上限は公募回ごとに変わるため、必ず最新の公募要領で確認し、募集中の公募回は下の一覧で毎朝チェックしましょう。
現在の公募状況
現在、この制度に関連する公募が13件募集中です(2026年9月3日時点・毎朝自動更新):
高知県事業承継等推進事業費補助金交付要綱の一部改正について
高知県の事業承継補助金。飲食店も対象の可能性があるが、詳細情報が不足し申請要件が不明確。
令和8年度 第2回 事業承継支援助成金
東京都内の飲食店が事業承継・経営改善時に活用する専門家委託費を助成。小規模事業者は企業価値算定経費について最大200万円、10/10補助対象。
令和8年度第2回 事業承継を契機とした成長支援事業(一般コース)
事業承継で代表権を引き継いだ個人事業主・小規模飲食店が新規事業展開に取り組む場合、上限800万円・最大4/5補助で支援。東京都内の登記が必須。
令和8年度愛媛県後継者新事業展開支援事業費補助金の追加募集について
愛媛県内の中小企業が対象で、事業承継を契機とした新規事業展開に支援。飲食店の適格性は業種制限が不明で、後継者・後継予定者の要件確認が必須。
"事業承継型"起業の支援
鳥取県内での事業承継時の来県旅費を2分の1補助。飲食店も対象可能性があるが、詳細基準が不明確。
事業承継・M&A補助金に使える制度は、どの地域に多いか
2026年9月3日時点で該当する13件を地域別に数えました。うち全国対象が5件で、これはどの地域の飲食店でも申請できます。残りは地域限定なので、自分の都道府県にあるかを先に見ましょう。
| 都道府県 | 該当する制度 | その地域の一覧 |
|---|---|---|
| 高知県 | 2件 | 高知県の飲食店向け制度 |
| 東京都 | 2件 | 東京都の飲食店向け制度 |
| 福島県 | 1件 | 福島県の飲食店向け制度 |
| 宮崎県 | 1件 | 宮崎県の飲食店向け制度 |
| 徳島県 | 1件 | 徳島県の飲食店向け制度 |
| 愛媛県 | 1件 | 愛媛県の飲食店向け制度 |
上限額が公表されている5件で見ると、中央値は100万円、最大は800万円です。下から4分の1は50万円以下なので、「小さく試す」規模の制度も含まれています。
直近の締切は令和8年度 第2回 事業承継支援助成金の2026年9月16日(あと13日)です。締切の並びは締切間近の制度でまとめて確認しましょう。
よくある質問
Q. 事業承継・M&A補助金とはどんな制度ですか?
A. 事業承継やM&Aを契機に新しい取り組みを行う費用、専門家に依頼する費用、事業を引き継ぐ際の廃業にかかる費用などを支援する国の補助金です。公募回ごとに枠の構成や名称が見直されるため、最新の公募要領で確認しましょう。
Q. 飲食店ではどんな場面で使えますか?
A. ①親から店を引き継いだ後に業態転換や設備更新を行う②第三者に譲渡するために仲介事業者やM&A専門家へ依頼する③他店を買収して多店舗化する④複数店舗のうち一部をたたんで残りに集中する、といった場面です。「継ぐ」「買う」「たたむ」のどれにも枠が用意されているのが特徴です。
Q. 対象になる経費は何ですか?
A. 枠によって異なりますが、専門家への謝金・仲介手数料・デューデリジェンス費用、承継後の設備投資・改装・広告費、廃業に伴う原状回復費や在庫処分費などが典型です。対象の範囲は公募回ごとに変わるため、必ず公募要領で確認しましょう。
Q. 親子間の承継でも使えますか?
A. 使える枠があります。単に名義を変えるだけでは対象になりにくく、承継を機に「新しい取り組み」を行うことが求められるのが一般的です。メニューの刷新、業態転換、設備の入れ替え、販路の開拓などを計画に位置づけましょう。
Q. 事業承継税制とは何が違いますか?
A. 事業承継税制は、要件を満たすと相続税・贈与税の納税が猶予される税制の特例です。一方この補助金は、承継を機に行う投資や専門家費用の一部を補助する制度です。目的も手続きも別物で、両方を検討する価値があります。
Q. いつ申請すればいいですか?
A. 公募回ごとに申請期間が定められ、承継やM&Aの実行時期との関係で申請できる枠が変わります。交付決定前の発注や契約は対象外になるのが原則のため、専門家との契約前に公募要領を確認し、順番を間違えないようにしましょう。