賃上げと助成金:義務を投資に変える
最低賃金は毎年上がり続けています。これを「毎年秋にやってくる負担」と受け身で捉えるか、「支援制度を使って生産性ごと上げる機会」に変えるかで、数年後の店の体力が変わります。
年次リズムを知る
最低賃金は例年、夏ごろに改定額が固まり、発効は10月から12月にかけて都道府県ごとです。令和8年度は東京・大阪など37都道府県が10月、京都・熊本・沖縄など10県が11月か12月でした。つまり飲食店の人件費カレンダーは、次のとおりです。
- 春〜夏。改定の報道が始まる。この時期に翌期の人件費と設備投資を計画するのが理想
- 夏〜秋。業務改善助成金など賃上げ系支援の動きが活発になる時期。予算枠の関係で早い者勝ちの側面も
- 10月〜12月。自県の発効日に新賃金発効。就業規則・雇用契約・シフト単価の更新を忘れずに
賃上げを投資に変える2つの定番
- 業務改善助成金。「時給を上げる」と宣言して、券売機・食洗機など省力化設備の費用の一部をもらう。賃上げがどうせ必要なら、設備もセットで手に入れる発想です
- キャリアアップ助成金。賃上げを伴うバイトの正社員化で受給。店長育成と組み合わせる王道
さらに近年は、持続化・ものづくり等の一般的な補助金でも「賃上げ枠」による上限アップや加点が定番化しています。賃上げ計画がある店は、あらゆる補助金申請で有利になる時代です。
注意点
- 助成金の賃上げは恒久的な引き上げが前提。もらって戻すことはできません
- 賃金台帳・出勤簿・雇用契約書の整備が受給の前提条件。日頃の労務管理が甘いと、いざという時に申請できません
賃上げのコストを数字で見る
「時給50円アップ」の実際の重みを計算してみます。スタッフ5人・それぞれ月120時間勤務の店なら、次のとおりです。
50円 × 5人 × 120時間 = 月3万円、年間36万円(社会保険の事業主負担分を含めるとさらに1割強増)。決して軽くない一方で、「求人時給の50円差」が応募数を左右する時代でもあります。この年36万円をただのコストにするか、助成金と省力化をセットにした投資にするか。それが本ページの主題です。
賃上げ原資のつくり方3点セット
- 省力化で人時を減らす。券売機・食洗機・モバイルオーダー(業務改善助成金で設備費の一部を確保)。「同じ人数でより多く回す」が原資の第一候補
- 価格転嫁。物価高騰対策ガイドの計算例の通り、5%前後の値上げは粗利を大きく回復させます
- メニューミックス改善。粗利の高いドリンク・サイドの出数を増やす設計。原価をかけずに粗利率を上げる王道
賃上げ実務のチェックリスト
- □ 就業規則・賃金規定の改定(助成金の申請要件になることが多い)
- □ 雇用契約書の再締結・賃金台帳の更新
- □ 助成金は賃上げの「前」に申請・計画提出が必要なものが多い。上げてから気づいても遡れません
- □ 最低賃金改定(例年10〜12月、発効日は都道府県ごと)との整合。改定後の最低賃金を下回らないか毎年確認
簡易でいい:賃金テーブルを作ると経営が楽になる
「賃上げのたびに個別に悩む」状態から抜けるには、シンプルな役割等級表が役立ちます。飲食店なら3段階で十分です。
| 等級 | できること | 時給レンジの例 |
|---|---|---|
| 新人 | 指示を受けて基本業務ができる | 地域の最低賃金〜+50円 |
| 一人前 | 持ち場を任せられる(仕込み・締め作業含む) | +50〜150円 |
| リーダー | 新人教育・発注・シフト調整ができる | +150〜300円 |
効果は3つ。①昇給の基準が見えてスタッフのモチベーションになる、②「頑張れば上がる」が求人票での強みになる、③最低賃金改定時は表ごと底上げすればよく、賃金設計が資産になる。紙1枚で作れて、キャリアアップ助成金の就業規則整備にもつながります。
ミニケース:5人の店の「賃上げ+助成金」組み合わせ実例
- 秋の最低賃金改定を前に、8月時点で計画を立てる(賃上げ実施「前」の申請が鉄則)
- 事業場内最低賃金を50円引き上げる計画で業務改善助成金を申請、食洗機を導入
- 賃上げコストは月3万円(5人×120h×50円)。食洗機で洗い場の人時が1日1.5時間減り、月約5万円分の人件費を吸収
- 翌年、ホールリーダーをキャリアアップ助成金で正社員化。2年がかりの「賃上げを投資に変える」設計です
最低賃金改定の実務チェック(毎年、発効日の前に)
- □ 自県の改定額と発効日を確認(都道府県で異なります)
- □ 全スタッフの時給が新最低賃金を下回らないか点検(研修中・高校生も対象です)
- □ 賃金テーブルの底上げと、それに伴う月次人件費の再計算
- □ 業務改善助成金の申請期限を確認(令和8年度は9月1日から「自県の最低賃金発効日の前日」と「11月30日」の早いほうまで。予算の範囲内のため早く締め切る場合もあるので、労働局に確認)
時給以外の「報酬」も設計する
賃上げ原資が限られるなら、時給以外の報酬で総合的な魅力を上げる手があります。
- まかない・食事補助。飲食店ならではの福利厚生です。本人負担・提供方法によって税務上の扱い(給与課税になるか)が変わるため、ルールを決めて税理士に一度確認を
- 交通費。非課税枠内での支給は本人の手取り効率が良い項目です
- インセンティブ。「レビュー投稿のお礼を◯件獲得で◯円」など、成果連動の小さなボーナスは時給より納得してもらいやすい
- 資格取得支援。調理師・ソムリエ等の受験料補助。人材育成系の助成金と組み合わせられる場合もあります
昇給面談の回し方:10分×年2回でいい
- 準備。賃金テーブル(前述)と、本人の「できること」の現状を1枚に
- 面談。①今できていることを具体的に伝える(2分)②次の等級に必要なことを1〜2個だけ示す(3分)③本人の希望を聞く(5分)
- 決定。昇給の有無と理由をその場で、または1週間以内に伝える。「なぜ上がらないか」が説明される店は、上がらなくても辞めません
賃上げすると起きる「壁」問題への備え
時給を上げた結果、扶養内で働くパートが「年収の壁を超えないように」と勤務時間を減らし、賃上げしたのにシフトが埋まらなくなるのは、飲食店あるあるの副作用です。対策は賃上げの通知と同時に行うのが正解で、①本人ごとの年収見込みを一緒に計算する、②壁を超えて働く場合の手取りの変化を示す(社会保険ガイドの説明材料を使う)、③時間を減らしたい人と増やしたい人でシフトを再配分する、の3点です。時給改定の紙を渡すだけで済ませないことが、賃上げを人手不足の引き金にしないコツです。
賃上げ促進税制:助成金と別枠の「税金側」の支援
給与総額を前年比で一定率以上増やすと、増加分の一部を税額から差し引ける賃上げ促進税制という制度があり、青色申告の個人事業主・中小法人も対象です。助成金(もらうお金)と違って申請・採択はなく、確定申告の別表で計算するだけ。適用率や上乗せ要件は年度の税制改正で動くので、賃上げした年は「今年の賃上げ税制の要件」を申告前に確認しましょう。これだけで数万〜数十万円の税負担が変わることがあります。助成金と併用できるのも重要な点です。前提はひとつだけで、給与総額の増加を証明できる賃金台帳が整っていることです。台帳整備は助成金・税制・労務トラブル対応のすべてに役立つ、一番地味で一番見返りの大きい事務です。給与計算ソフトを使っていれば自動で残るので、手書き給与明細の店はこれを機にソフト化しましょう。月数千円のソフト代は、助成金1件で数年分の元が取れます。
賃上げでよくある失敗
- 全員一律で上げて原資が尽きる。テーブルに基づく差のある昇給が、頑張る人の納得感も原資も守ります
- 新人と古参の逆転。求人時給を上げた結果、既存スタッフより新人が高くなる「賃金の逆転」は離職の引き金。求人時給を上げる日は既存の時給も点検する日です
- 助成金の要件を後から知る。賃上げ「後」では申請できない制度が多い。上げる前に雇用・人材カテゴリと労働局を確認する習慣をつけましょう
「最低賃金を下回っていないか」の正確な確認方法
時給制なら時給と最低賃金を比べるだけですが、見落としやすい論点があります。
- 算入されない手当がある。通勤手当・精皆勤手当・時間外割増などは最低賃金の比較計算に含めません。「手当込みなら超えている」は誤りです
- 月給制スタッフの換算。月給 ÷ 月平均所定労働時間で時給換算して比較します。例:月給20万円 ÷ 月170時間 = 時給約1,176円。この数字が地域の最低賃金を下回れば違法状態です
- 研修期間・試用期間も原則同額。減額には都道府県労働局の許可が必要で、「研修中だから」の自主判断は通りません
賃上げをスタッフにどう伝えるか
せっかくの賃上げも、給与明細で気づかせるだけでは効果が半減します。「何を評価しての昇給か」を一言添えて手渡しましょう。「発注を任せられるようになったから」の一言が、金額以上の定着効果を生みます。全体の底上げ(最低賃金対応)と個人の昇給(評価)を区別して伝えるのもポイントです。混ぜると「全員上がったなら自分は評価されていない」と受け取られます。
参考・出典
設備投資に使える制度は、どの地域に多いか
2026年10月19日時点で該当する295件を地域別に数えました。うち全国対象が48件で、これはどの地域の飲食店でも申請できます。残りは地域限定なので、自分の都道府県にあるかを先に見ましょう。
| 都道府県 | 該当する制度 | その地域の一覧 |
|---|---|---|
| 東京都 | 41件 | 東京都の飲食店向け制度 |
| 北海道 | 13件 | 北海道の飲食店向け制度 |
| 福岡県 | 13件 | 福岡県の飲食店向け制度 |
| 長野県 | 11件 | 長野県の飲食店向け制度 |
| 福島県 | 11件 | 福島県の飲食店向け制度 |
| 埼玉県 | 8件 | 埼玉県の飲食店向け制度 |
| 熊本県 | 8件 | 熊本県の飲食店向け制度 |
| 神奈川県 | 7件 | 神奈川県の飲食店向け制度 |
| 大分県 | 7件 | 大分県の飲食店向け制度 |
| 兵庫県 | 6件 | 兵庫県の飲食店向け制度 |
上限額が公表されている203件で見ると、中央値は126万円、最大は10億円です。下から4分の1は30万円以下なので、「小さく試す」規模の制度も含まれています。
直近の締切は中小企業等グループ補助金(東日本大震災)についての2026年10月23日(あと4日)です。締切の並びは締切間近の制度でまとめて確認しましょう。
よくある質問
Q. 最低賃金はいつ上がりますか?
A. 例年、夏に改定額が決まり、発効は10月から12月にかけて都道府県ごとです。令和8年度は37都道府県が10月、10県が11月か12月の発効でした。飲食店は最低賃金に近い時給設定が多いため、毎年秋は人件費の見直しシーズンと考えて備えるのが実務的です。
Q. 賃上げにお金の支援はありますか?
A. あります。代表的なのが業務改善助成金(賃上げ+設備投資をセットで支援)です。また多くの補助金で「賃上げ枠」の優遇が設けられる傾向が続いています。
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公開 2026年7月19日 / 最終更新 2026年10月5日 / この記事は、公的機関が公開する一次資料をもとにホジョナビ編集部が作成したもので、執筆補助にAIを使用。金額・要件・締切は各制度の公募要領が常に優先。制作方針と情報源
更新履歴(1件)
- 最低賃金の発効時期を「毎年10月」から都道府県ごとに10〜12月(令和8年度は37都道府県が10月)に修正、業務改善助成金の令和8年度の申請期限を追記
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